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事務局コラム [2025.07]  令和7年版「営業秘密管理指針」の概要と改訂ポイント ~企業実務への影響と対応策~

【営業秘密管理指針の概要と法的位置づけ​】

​ 経済産業省が策定する「営業秘密管理指針」とは、不正競争防止法上の営業秘密に関する定義や要件等に関して、企業が営業秘密を適切に管理するための考え方を示したガイドラインです。初版は平成15年(2003年)に公開され、その後数度の改訂を経て、平成27年(2015年)に全面改訂、平成31年(2019年)に改訂が行われてきました。営業秘密管理指針は法的拘束力こそありませんが、営業秘密として法的保護を受けるために最低限必要な管理策を示した指針として実務で広く参照されています。裁判所においても、営業秘密該当性(秘密管理性・有用性・非公知性)を判断する際に当指針の考え方が一つの基準として証拠提出されることもしばしばあり、企業にとっては自社の秘密情報管理体制を点検・整備する上で指針内容が重要な手がかりとなります。

 つまり、営業秘密管理指針に沿った管理を行うことが、企業が自社の重要情報を“営業秘密”として法的に守る上での土台となります。また指針には、営業秘密の漏えい防止策やトラブル事例など実務上の知見も織り込まれており、企業の知財・情報管理担当者にとって有用な参考資料です。

【令和7年版指針の改訂ポイント(過去版との比較)】

 2025年3月31日に公表された令和7年改訂版の営業秘密管理指針(以下「令和7年版指針」)では、昨今の情報管理を取り巻く環境変化や関連法制度の改正、裁判例の蓄積を踏まえて6年ぶりの見直しが行われました。主な改訂ポイントは以下のとおりです。

  1. 民事・刑事上の救済措置との関係明確化:「総説」章において、営業秘密の3要件(秘密管理性・有用性・非公知性)と、不正競争防止法による民事上の差止・損害賠償や刑事罰との関係が整理・明確化されました。これにより、営業秘密の要件を満たさない情報は民事・刑事の保護対象にならないことが一層明確に示されています。企業にとっては、どの情報を営業秘密として管理すべきか判断する際の指針がクリアになったと言えます。

  2. 営業秘密以外の情報保護の整理:従来の指針では営業秘密そのものの管理に焦点が当てられていましたが、令和7年版指針では「営業秘密以外の情報の保護」に関する項目が追加・整理されています。具体的には、営業秘密には該当しないものの契約によって秘密として提供される「限定提供データ」など、営業秘密以外の重要情報を守る枠組みについても言及されています。

  3. 対象範囲の明確化(事業者の定義拡大):指針が想定する対象「事業者」の範囲について、判例等を踏まえた明確化が行われました。具体的には、大学や研究機関など企業以外の主体も営業秘密の保有者になり得ることが明示されています。従来、営業秘密の議論は民間企業が中心でしたが、大学・研究機関等における研究データの管理にも本指針の考え方が参考になる旨が示された形です。産学連携や共同研究が増える中で、これら機関と企業の双方が共通認識を持って情報管理に取り組む基盤となります。

  4. 営業秘密の3要件に関する解釈のさらなる明確化:営業秘密該当性の判断基準である秘密管理性・有用性・非公知性それぞれについて、近年の裁判例や技術動向を踏まえた追記・整理が行われています。特に争点となりやすい秘密管理性については、大幅に記述が充実しました。ポイントをまとめると以下のとおりです。

    • 秘密管理性:従来指針で必須とされていた「秘密情報とその他情報の合理的区分」に関する記述が見直されました。令和7年版指針では、秘密情報を一般情報から区分する措置は引き続き重要ですが、それ自体を絶対的要件とするのではなく「必要な秘密管理措置の程度」を判断する一要素に位置づけています。つまり、情報の性質や業務形態に応じてどの程度厳密に機密と非機密を区分すべきかを柔軟に判断する考え方です。また、裁判例の紹介を通じ、「秘密管理は従業員個々の主観ではなく客観的体制で判断される」ことや、「部署内で広くアクセス権限を付与していても部署外で限定されていれば秘密管理と認められる」ことなどが明示されています。これらは企業が情報共有と秘密保持のバランスを図る上で有益な指針となります。

    • 有用性:近年の裁判例を踏まえ、情報の事業上の有用性についての基準が補足されています。「当該情報が営業秘密保有者である企業の事業活動に使用・利用されている限り、公序良俗に反する等の特段の事情がなければ、有用性要件は充足される」ことが確認されており、また「不正取得した第三者が有効活用できるか否か」は有用性の有無とは無関係であることも明記されました。

    • 非公知性:技術の進展や情報流出経路の多様化を受け、秘密情報の非公知性を脅かすケースへの考え方も整理されました。ダークウェブ上に秘密情報が公開された場合の扱いや、特許出願に伴う公開との関係(特許法29条2項との関係)、さらには製品のリバースエンジニアリングによって秘密情報が抽出され得る場合の考え方について指針で言及されています。例えば、社外の匿名サイトに漏えいした場合でも直ちに一般に認知されたとは言えない可能性や、リバースエンジニアリング可能な情報であっても公開情報とはみなされない条件などについて触れられており、企業にとっては「どの時点で秘密ではなくなるのか」の判断材料が示されています。

【改訂が企業の情報管理実務に与える影響】

 今回の営業秘密管理指針の改訂は、規制強化でも、技術的ルールの追加でもなく、情報という「無形資産」の価値を再認識し、いかに組織全体でその価値を守るかという、企業経営の根幹に関わる問いかけでもあると捉えられます。近年、生成AIの登場やクラウド利用の急拡大により、情報の流通や管理のあり方は劇的に変化しました。こうした時代背景を受け、従来の文書中心の管理手法に加え、アクセス制限や限定提供データ、情報の性質に応じた保護レベルの明確化など、実務的かつ柔軟な運用の重要性に焦点が当てられています。また、転職者による情報の“流入”といった新たなリスクにも触れ、「流出防止」から「情報境界のマネジメント」へと視座を拡張することが求められています。

 営業秘密を守るということは、単に社内ルールを整備することにとどまりません。企業の信頼、技術的優位性、ひいては市場競争力を維持するための投資です。改訂指針は、そうした姿勢を促す「羅針盤」として、企業にとって重要な指導原則となると考えられます。変化の速い時代だからこそ、企業はその都度、守るべき情報とその管理のあり方を問い直す必要があります。

(事務局企画運用グループ PwCコンサルティング 橘了道)

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